K.Z.N.の人生
K.Z.N.です。
ここでは僕の人生について書いていきたいと思います。
ご興味があればぜひご覧ください☆
生誕
1981年
徳島県のはしっこで生まれる。4人兄弟の末っ子。生まれるときにへその緒を何重にも巻いていたらしく、産まれた早々、死にかける。
小学校時代
ガタイがまぁまぁ大きく、それ以上に頭が大きく、いじめの的になる。
あだ名は「フランケンシュタイン」。
今でもフランケンシュタインと聞くと嫌な気持ちになる。
しかし、それも中学年くらいから開き直る。
中学校時代
近所の幼な馴染みが学校イチのヤンキーになり、その友だちということでよく分からない一目の置かれ方をする。実際はドチキン野郎のためとても困った。学校同士のヤンキーの争いにも呼ばれて涙目になる。
その一方でギターに目覚める。3年生の時に文化祭でバンドで演奏してからどっぷりはまる。でも決してうまくない。
高校時代
とにかくバンド漬け。多いときは5バンドくらい掛け持ちした。2年生の時に地元でライブハウスが出来たため、イベンタ―まがいのこともやる。それが新聞に取り上げられた。
しかし、プロになりたいわけではなかった。教師になりたかった。
でもそのための努力も知識もなかったため、浪人まっさかさま。
浪人時代
一念発起して勉強に打ち込む。そのおかげで3ヶ月間で偏差値40から最大70まで上がる。地元・徳島が大好きなので地元の大学を目指していて余裕で合格のはずが受験日を間違えるという大失態を犯す。たまたま予備校の先生が受けたら、と勧められた同志社大学が受かっていたので何とか教師の夢は保たれる。
大学時代
のほほんと過ごす。あれだけ夢中になった音楽からも離れる。しかし、3年生のときに「文系・理系出来る教師になりたい」と思いだし、神戸大学の理学部編入試験を受ける。半年間一日14時間勉強して筆記試験は合格するものの、面接で笑われて終わる。
全く就職活動などもしていなかったため、焦って他に方法がないか探して京都大学大学院教育学研究科を受けてみる。約一カ月これまた必死で勉強して筆記試験は受かって面接で落ちる。デジャヴ。
結局、同志社の大学院に進む。
大学院時代
公共政策の研究に没頭し、前期終了後、かねてからの夢である教師の夢をかなえる。
、、、という進路のはずが大学院に入ってすぐ、知り合いのバンドのヘルプをしているとなぜかとある音楽事務所に所属することになる。
そしてそのまま大学院を卒業してプロのバンドマンとして本格的に活動することとなる。
バンドマン時代
活動拠点を名古屋に置き、全国的に活動した。バイトなどもせず超極貧だった。借金もしたし、ヒモ状態だった。その時の彼女が今の嫁。
活動規模がでかくなりだしたころ、解散となる。とにかくドロドロなことが沢山あったw
それでも「まだやりたい」というのがあって今度は東京でバンド活動を行う。今度は事務所なし。これまた貧乏バンドマン。
そして禁じ手とさえいわれる売れてないのに子どもが出来るという状況に。
それでも活動していたが結局鳴かず飛ばずでこれまた解散となる。
社会人時代
東京に出てきてから生活費稼ぎでやっていた仕事に身を入れようと頑張るも「社会人無理。。。」と思いだす。そんな時に父親を亡くす。人生はいつ何が起きるか分からないと考え出す。その一方で家を買ったり、第二子が生まれる。
でも結局、退職する。
今に至る。
無職。
自分について
今までの人生を踏まえて、
思い通りにいってない
計画してたんと違う
ということが多々あります。多々あります。
一方で
直感に信じて動く
打ち込めば何とかなる
と思っています。
行きたい大学と違ってても進路を大きく間違えても
なぁんとかなるっっっ!!!
むしろ直感や火事場のクソ力を大事にしてます。
好きなように生きて逃げたい時は逃げる!
それで大丈夫!
と思っています。
是非、お付き合いください☆